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佐々木昭一郎は唯一無二の映像作家である。彼の創作に対する真摯な姿勢は今や伝説となっている。佐々木はテレビ演出家として、イタリア賞や芸術祭大賞など内外の数多くの賞に輝いた。彼の作品「四季・ユートピアノ」(1980)、「川の流れはバイオリンの音」(1981)など、類まれな詩的感性、斬新でみずみずしい映像で作られたドラマは、多くの人を魅了し、後進の作家に強い影響を与えている。しかし佐々木は退職後、人々の前から姿を消し、旧作の上映会は常に満席にもかかわらず、新作のニュースを聞くことはなかった。「ミンヨン 倍音の法則」は彼の20 年近くの沈黙を破る待望の新作であり、初の劇映画作品である。

ソウルの学生、主人公のミンヨンは一枚の古い写真に心をとらわれている。亡き祖母の親友、佐々木すえ子の家族写真だ。すえ子への思いが募るミンヨンは、妹ユンヨンの後を追うように日本を旅する。そこで巡りあう人々、母に捨てられた少年、何者かに追われるジャーナリスト、風鈴職人、サッカー笛の職人、塩作りの老人、長崎へ旅する神父の姿をした男‥‥さらに彼女は時代を超えて、太平洋戦争中のすえ子の人生を生きるようになる。戦時の統制下で、すえ子の一家は人間らしく生きようとしたために様々な苦難を経験したのだった。――そして今、不安に満ちる現代社会で、ミンヨンは人々と交流し、モーツァルトをはじめとする音楽と出会い、ハーモニーへの夢を育んでゆく。

本作は、2010 年秋に撮影を開始したが、翌年の東日本大震災など、様々な困難のために中断を余儀なくされた。しかし製作は断続的に進められ、足かけ5年の歳月をかけて完成した。映画で描かれた戦争中の佐々木すえ子一家の物語は、佐々木昭一郎の少年時代の実体験をもとにしていて、古い家族写真も実際に佐々木家のもの(1943 年7月31日撮影)である。佐々木が自身の記憶を深く掘り下げ、既成にとらわれない精神で作った本作は、この混迷する時代に、音楽の豊かさとともに人間としての自由や誇り、夢や憧れの普遍性を観る者の心に映すことだろう。

出演者はすべて、佐々木のこれまでの作品と同様に、この映画のために起用された一般の人たちだ。彼らに演技経験はないが、佐々木の手をとおして魔法のように圧倒的な存在感を感じさせる。主人公のミンヨンを演じるのは韓国在住のミンヨン。彼女が日本に留学していた2004 年、早稲田大学で行われた佐々木作品「夢の島少女」(1974)の上映会で、佐々木は質問に立った彼女の声にインスピレーションを受け、新作の構想が生まれた。日本語も英語も堪能な彼女の強くしなやかな感性は驚嘆に値し、戦時中のすえ子役も演じて佐々木の期待に見事に応えた。ユンヨンは彼女の実際の妹であり、姉妹の仲睦まじさは心を和ませる。旦部辰徳もミンヨンの留学時代の友人である。そしてメインスタッフには、佐々木作品の3人の名手、吉田秀夫(撮影)、岩崎進(音響)、松本哲夫(編集)が再び結集し、それぞれに卓越した技で映画をより豊かなものにした。

佐々木は現代社会の歪んだ状況に対して、この作品で音楽の豊かさを表した。使用音楽のすべては彼の選曲であり、「箱根八里」「アリラン」などの日本と韓国の歌曲のほか、W・A・モーツァルトの名曲を全編で使用、交響曲第41 番「ジュピター」は武藤英明指揮(プラハ管弦楽団)によるチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏、ピアノ協奏曲第22 番は佐々木秋子のピアノによる。また全国一に輝く船橋市立船橋高等学校吹奏楽部、世界で活躍する若きギタリスト加藤早紀など、注目される個性ある演奏家が参加している。